りぃちゃん
その子はある家族の知り合いのところで生まれた。
引取ってくれる人がいなくて、知り合いだったある家族のお母さんに連絡が入った。
『女の子なんだけど飼ってあげてくれないかな?』
お母さんは犬も猫も苦手で触ることもできなかった。
でもせっかくかかった声だからと見に行くことにした。
その子はりぃちゃんという名前の柴犬の雑種。
生まれて間も無い小さな体とつぶらな目、それに人懐こく寄ってくる愛らしさに惹かれてお母さんは連れて帰ることにした。
でもやっぱり触るのは怖い…。
知り合いの方にカゴを用意してもらい入れてもらった。
家に帰ると夫がいた。
『飼ってあげたい』
そう告げると夫が
『お前触れもしないのに責任もって世話できるのか?ダメだ』
夫は犬を飼っていたことがある。
家族は世話ができる。
でもお母さんが連れてきたんだから…と優しく否定した。
お母さんは泣く泣く知り合いの家にりぃちゃんを返しに行った。
でもお母さんは諦めなかった。
ほぼ毎日知り合いの家に、りぃちゃんの元に通い触れるように練習した。
そして半年。
カゴを使わずに自分の家に連れて帰った。
これには夫も笑顔で迎えた。
りぃちゃんの新しい住まいは山沿いの家。
山側に庭があり、庭に面した納屋のようなところで過ごすことになった。
元気に走り回って欲しいというお母さんとお父さんの思いからリードは長くとり、庭の端の大きな木の根元まで行けるようにした。
納屋の出入口もりぃちゃんが頑張れば自分で開けられるようになっている。
木の根元がりぃちゃんのお気に入りの場所になった。
家族に迎えられたりぃちゃんをみんなで抱きかかえて、ちょうど“高い高い”をするようなことをしていたときあることに気が付いた。
『あれ?女の子じゃない。ついてる…男の子だ!』
冗談のようだが、本当に抱きかかえて見るまで誰も女の子と信じて疑わなかったのだ。
誰にでも人懐こく擦り寄ってくる可愛さ、吠えることも噛むこともない無い優しいところ、見知らぬものには怖がってお母さんの陰に隠れてしまうほどの臆病さ…およそ男の子らしいところが無かった。
名前もりぃちゃんと女の子ぽいものだったが既に定着していたこともあって男の子と分かったあともりぃちゃんと呼び続けた。
家族の愛情をいっぱいに受け、病気やケガも無くりぃちゃんはすくすくと成長した。
5年ほど前にはお父さんも定年退職を迎え、近くの畑仕事をするゆったりとした生活になった。
畑仕事に向かう軽トラの荷台に乗り、お父さんが畑仕事をしている時はその様子を荷台の上から眺めていた。
家に帰るとお母さんのところへ嬉しそうに駆け寄って行く。
そんな幸せな生活が続いていた。
りぃちゃんが13歳になった冬、それは起きた。
りぃちゃんの今まで聞いたことのないけたたましい鳴き声にお母さんが慌てて庭の方に駆け寄る。
さっきまで納屋の中で撫でていたはずのりぃちゃん。
自分でドアを開け外に出たようだ。
庭に目をやると黒い塊、熊。
こっちに向かって来るのが見えた。
りぃちゃんが一生懸命熊に挑んでいく。
猪や他の大きな犬に怯えてすぐにお母さんの陰に隠れるりぃちゃんが。
お母さんを守るために一生懸命吠える。
熊がりぃちゃんに向かう。
お母さんはその間に納屋のドアを閉めた。
りぃちゃんの一際大きな声が聞こえた。
りぃちゃんの声が消えた。
納屋のドアを熊が叩く。
りぃちゃんのおかげでしっかり閉めてある。
静かになった。
そっと外に目をやるとりぃちゃんがお気に入りの木の根元に横になっている。
『りぃちゃん』
お母さんが呼ぶ。
ゆっくりと起き上がるりぃちゃん。
『りぃちゃん』
ゆっくりと納屋に向かって歩いて来る。
近付くにつれてりぃちゃんの様子がおかしいことに気付いた。
顔やお腹が赤い。
顔の左側の目が裂かれて出ている。
お腹からは腸や脾臓が出ている。
それでも身体を引きずりながら大好きなお母さんの元へ歩いて来る。
お母さんが両手を広げてりぃちゃんを迎えると膝の上に…腕の中にりぃちゃんは身体を預けた。
お母さんは急いで家族に連絡を取り近くの病院へ。
病院の先生はりぃちゃんの様子を見ると絶句した。
出ている腸もところどころ切れて手の施しようが無い…。
先生達も3人がかりで頑張ったが…。
『このままの状態でもあと5時間ほどは生きられるでしょう。ただその間はやっぱり辛いと思います。家族が見守る中で安楽死を勧めます。』
家族全員が涙を流しながら決断した。
最期はキレイな姿で。
先生がお腹を縫い周りを拭く。
『お母さんを守ってくれてありがとう。』
お母さんが優しく撫でながら声をかける。
『りぃちゃん、やっぱり男の子だったんだな』お父さんが涙を流しながらも微笑みながら話しかける。
2016年12月4日。
みんなに見守られながらりぃちゃんは13年の生涯を終えました。
これは今月あった実際の話です。
そんな家族と犬の関係が素晴らしくて…凄く心打たれたので何となく知って欲しいなと思って書きました。
2017年02月19日 04:23 PM